OCLVの生みの親、TREK BICYCLEシニアコンポジットマニファクチャリングエンジニア・ジムコールグローブ氏に聞くカーボンの未来

ジムさんの経歴を教えて頂けますか?

TREKに入社したのは1990年なので、今年で21年になります。TREKに来る前はユタ州の軍事系メーカーでカーボンを主要素材に採用した航空機などの設計を行っていました。私が自転車産業に関わる数年前に、TREKを初め数社がアルミラグにカーボンチューブを採用したフレームを実用化していましたが、私が関わった最初のTREKは、OCLV製法を採用した1992年の5200フルカーボンフレームでした。

(c)Trek Bicycle

アメリカの自転車の素材の歴史について軽く語って頂けますか?
100年以上に渡ってスチールバイクは自転車素材の王であったと言えます。その後、80年代中盤からの10年程のアルミニウムの時代を経て、先程の1992年に発表された5200 OCLVフルカーボンバイクが自転車素材にとっての革命を起こしました。今、世の中を走っている高性能バイクの大半がフルカーボンフレームである事を考えると、「革命」の意味を理解して頂けるかと思います。当時のフレームの重量をおおまかに言うとフルカーボンの5200 OCLVが2.5ポンド、アルミは3.5ポンド、鉄は4.5ポンドとなります。
1999年、ランスがOCLVフレームで初めてツールを制した事が、本当の意味でアメリカでの自転車素材の歴史を変えたと言えるでしょう。マドンの登場は2003年でした。重量は2.2ポンド。こういった経緯があって、カーボンフレームはアメリカに於いて自転車フレームの中心的な存在となって行きました。

(c)Trek Bicycle

今回の来日の目的は何でしょう?
カーボンエキスパートとしてのトレックの優位性を伝える為に来日しました。カーボンフレームのキーとなるのは、「デザイン設計」「素材」「製造方法」この3点。この3点のすべてにこだわりぬいてこそ、最高のカーボンフレームが作れるからです。
TREKには130人のエンジニアが働いていて、カーボンエンジニアは37人を数える。これは、中堅の自転車ブランドの社員数全体の数字より大きい。それだけ多くの人と投資をエンジニアリング、その中でも特にカーボンマニファクチャリングに対して行っていると言う事ですね。カーボンフレームやパーツの性能を出すには設計段階でのFEA解析が重要になってくるため、専門知識を持った優秀なエンジニアの数が必要になってきます。そして、これだけのカーボンを専門とするエンジニアを抱えて、TREKではアメリカ、台湾、中国のファクトリーでカーボンフレームを生産しています。

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今年から、すべてのカーボンフレームにOCLVという名称が使われるようになりましたが、この意図は何なのでしょうか?
本社で設計したカーボンロードバイクの性能を台湾、中国のファクトリーでも設計通りの性能が出せるように、世界で6つのテストラボを持っている。ウォータールー本社、台湾に2つ、中国に3つとなっています。
トレックでは、多くのカーボンエンジニアを現地に派遣して、そのテストラボでプリプロダクション・プロダクションの製品をテストしてプロダクトとしてのクオリティを確かなものにしています。2012年から、今まで本国生産のみのカーボンフレームに命名していたOCLVをすべてのカーボンフレームに与えたのにはこういった背景があって、すべての製品のクオリティがOCLVの名前を与えられる基準に達したと判断したからです。

そのOCLVはそれぞれのグレードで具体的にどのように違うのでしょう?
アジア生産のフレームとアメリカ本国生産のものとでは、製造方法には若干の違いがあります。例えば、Madoneの6シリーズにはステップジョイントテクノロジーなどが使われるが、5シリーズにはそれが使われていないようにフレーム自体の構造が違っていたり、工場によって得意とする製造方法や設備が異なる為です。しかし、OCLVと名前のつけられたフレームは、すべて、OCLV本来の基準である1%未満の空隙率を実現しています。
300、400、500、600、700の5種類のOCLVが2012年モデルではありますが、数字が増えるに従って高性能になっています。具体的には、上位のOCLV程、軽量で、剛性も高いが、注目したいのは、同時にハイエンドモデルの方がシートポストのバーティカルコンプライアンス、要するに快適性が向上しています。これは、素材による部分も大きいが、手間のかかった工程を採用した事による所も大きいと言えます。また、600、700のモデルはウォータールー工場で生産されます。ちなみに、カーボンシート自体は、HEXCEL、TORAY、MITSUBISHIから調達しており、様々なグレードのものを適材適所に採用しています。

カーボンフレームはこの先にどこに向かうのでしょうか?
トレックがカーボンフレームを手掛け始めて20年近くが経ちます。フレーム重量でも1kgを切るのはもはや常識で、Madone 6SSLでは800g台となっているが一体、この先カーボンフレームはどこに向かうのか?と聞かれると、軽量化については正直言って限界があると思われます。例えば、実名は挙げませんが競合ブランドにはTREKよりも軽量なフレームをラインナップしているブランドもあります。しかし、我々が実際にそれらのバイクを購入してテストラボに掛けて得られた結果や、ライドフィールの印象では、残念ながらTREKの基準には達していないと私たちは判断しています。
バイクがこの先、性能と安全性を担保しながらどこまで軽くなるのか?については、一体その限界がどこにあるのかは解っていない。700gなのかもしれないし600gかもしれない。私達としても今、その限界を探している所です。だからエンジニアリングは面白いんですね。

では、軽量化の限界に行き着いた先の自転車はどうなるのでしょう?
限界に達した後は、そこからライドフィールのチューニングに至るのではないかと考えている。5年ぐらいの未来ではそういった事が起こるでしょう。アルミニウムフレームに何が起こったのかを考えてみて欲しい。車重の軽量化は90年代の前半という結構速い段階でほぼ限界に達した。1100g-1200gの世界ですね。その後はハイドロフォーミングなどの革新的な技術が出てくるまでは非常に緩やかなペースで進化を続けていきライドフィールのチューニングに各社が注力していったという過去の歴史があります。カーボンフレームも同じような進化をして行くのではないかと考えています。

カーボンの先の素材と言うのは現時点では考えられないのでしょうか?
カーボンの次の素材についてはもちろん考えています。次の自転車素材の革命は私の予想ではナノカーボンとカーボンナノチューブになるのではないかと思っているが、恐らくツール・ド・フランスの実戦や市販バイクに投入されるのは10年は先の話になるでしょう。一言でナノカーボンと言っても、ナノ素材、ナノエポキシには様々な物が存在していて、自転車フレームに適した素材が何なのは、まだまだ研究が始まったばかりです。カーボンナノチューブにしても、同じように研究は行っていますが、まだその初期段階と言えます。
ちなみに、市販パーツなどで、既にナノカーボンをうたったものが存在しているが、あれはここで述べているナノカーボンとはまったく違う。あくまで表面的なコスメティックにナノ素材使われているだけで、実際にテストラボにも掛けてみたが性能向上には役に立っていない事が確認されている。カーボンの限界、カーボンの次の話については今語れるのはこんな所でしょう。まずは私達としてはカーボンを限界まで突き詰めて行きます。カーボンで出来る事はまだ沢山あるので楽しみにしていてください。
 
 

interview: Kenji Nanba
photo: Kenji Nanba, Trek Bicycle
date:2011.10.31