世界チャンピオン、ホセ・ヘルミダのトレーニング理論

2010年 UCI MTB XCO世界チャンピオン、ロンドンオリンピックXCO4位、2013年 UCI MTB XCO世界選手権3位のホセ・ヘルミダ(MULTIVAN MERIDA BIKING TEAM)の語るトレーニング理論。プロ17年目、35歳でも世界制覇を狙えるパフォーマンスをキープし続ける秘密とは一体何なのか?

難波ー では、握力ジャパンカップから改めまして、ホセ・ヘルミダに聞く、「強くなるトレーニング方法」。

小笠原ー 個人的には、この質問、自分の中に留めておいて他の人に教えたくないってのがホンネですが、シェアする時代なのでシェアします。笑

ヘルミダー 今から話す事は特別だ。20年を数える私のキャリアの集大成と言っていい。日本の選手に強くなって欲しいから公表しよう。請求は誰にすれば良いのかな。笑

難波ー 笑

小笠原ー 2020年のオリンピックが東京に決まったのはご存知だと思いますが、7年後に向けて日本のサイクリング界は今すぐにでも若手選手の強化を本気で始めなければなりません。

難波ー 東京ではヘルミダ選手は表彰台の中央を狙って行くのでしょうか?

ヘルミダー 流石に7年後は42歳だからね。スペインチームの監督として東京に来れれば良いと思っている。私のキャリアの集大成は3年後のリオ・オリンピックになるだろう。MTB XCOがオリンピック競技になって6度目の大会だが、リオに出場出来れば5度目のオリンピックと言う事になる。

難波ー 夏のオリンピック男子で5度出場、しかも殆どのレースでメダル争いに絡むというのは全競技を延べで考えてもとんでもない記録ですね。

ヘルミダー だからこそ、5度出場した上で最高のパフォーマンスで走りたい。

小笠原ー そのように20年近くに渡ってトップ選手であり続けるヘルミダ選手ですが、20年前と今とではMTB XCOは競技としてもの凄く性格を変えて来ました。

ヘルミダー 90年代後半は2時間30分近くあったのが、今では1時間40分。コースも昔に比べて短いアップダウンを繰り返すものになったので競技の特性は全く変わったね。

小笠原ー 年々ハイスピード化し、変わって行くレースフォーマットやコースでありながら、どうやってそれに対応して来たのでしょうか?

ヘルミダー 答えは簡単だ。昨シーズンまでのトレーニング方法はゴミ箱に捨てる。レースフォーマットが変わった時点で、昨年までのトレーニングには何の意味もないし、同じトレーニングをしていて勝つ事は不可能だ。よりフレシキブルに、そして、よりエフィシエントにトレーニングする必要がある。ルールが変わったらリセットするんだ。

難波ー 先週からニューシーズンに向けたトレーニングを開始したと聞きました。

ヘルミダー そうだ。1週間程の完全オフの後、新たなシーズンに向けて始動した。

小笠原ー 具体的にどんなトレーニングを行っているんでしょう?

難波ー ベース作りにLSDとか?

ヘルミダー ???

難波ー あれ?LSDの意味が通じていない??

小笠原ー えーっと、ロング・スロー・ディスタンス。の略です。LSD。

ヘルミダー ああ、LSDか。笑

難波ー う、今完全に、そんな事を言っている人が、まだ地球上に居るのかっていう目をしましたね。

小笠原ー 20年前のトレーニング法だって言いたげです。

ヘルミダー 一切ない。6時間どころか3時間続けてトレーニングする事もほぼしない。

小笠原ー ベース作りの時期でも?

ヘルミダー ない。XCOで強くなるには、やる必要がないし、疲労を溜めるだけだ。

難波ー 具体的にはどんなトレーニングを行っているんですか?

ヘルミダー シーズン中とシーズン前ではもちろん変わって来るが、インターバル中心のトレーニングで、多くの場合午前と午後に別けて2度トレーニングを行う。

小笠原ー 時間は?

ヘルミダー 長くて2時間程度だ。ウォーミングアップとクールダウンを入れてね。これを二部練習で行う。

難波ー 重要なので、もう一度言いますね、世界チャンピオンのホセ・ヘルミダは「ベース作りの時期でも一切LSDは行わない。」
では具体的に先週はどんなトレーニングを行ったんですか?

ヘルミダー それはトップシークレットだよ。笑 でも日本のファンの皆のために特別に教えてあげよう。
(といって、おもむろにiPhoneを取り出す)

ヘルミダー えーっと、これが先週の火曜日のトレーニングデータだ。

午前の部
20min Warming up
25min Zone2
20min Zone3
15min Zone4
40min Recovery ride

ヘルミダー ウォーミングアップとリカバリーライドを入れて合計丁度2時間。

小笠原ー Zone2、Zone3という単語が出て来ましたが、これはワットベースですか?ハートレートベースですか?

ヘルミダー ハートレートベースだ。Zone2は60-70%、Zone3は70-80%、Zone4は80-90%。なので、言い直すとこうなる。

午前の部
20min Warming up
25min Zone2(60-70%)
20min Zone3(70-80%)
15min Zone4(80-90%)
40min Recovery ride

ヘルミダー 午後も基本的に同じ練習だったが、途中に20秒のフルパワーを10セット加えたトレーニングになってたね。

小笠原ー 20秒フルの20秒レストですか?

ヘルミダー そうだ。今のワールドカップレースって言うのは、20秒思いっきり登って、下りながら20秒心拍を整えて、また20秒っていうコース設計が多くて、そこが勝負所になってくる。シーズン入り前から、この内容に体を慣れさせる必要がある。

難波ー トレーニングはオンロード?オフロード?

ヘルミダー 昔はオンロードをブロックタイヤで走るトレーニングが多かった。時間にすると8割ぐらい。今は違うね。5割がオフロードでトレーニングする。残りの5割がオンロード。その5割の中で6割ぐらいはマウンテンバイクにブロックタイヤ、残りはロードバイクでトレーニングするね。コースがよりテクニカルになっているのでそれに合わせて、心拍が限界状態でのテクニックの向上もトレーニングの一環だ。

小笠原ー シーズンを通してハートレートベースでトレーニングするのですか?

ヘルミダー シーズン前の最初の1ヶ月はハートレートベースでトレーニングして体のベース作りを行う。そして、科学センターで出力を完璧に測るんだ。そこで出て来たパワー値をベースにシーズン中のトレーニングを組み立てて行く。なので、残りの期間は完全にパワーベースでのトレーニングだ。

難波ー では水曜日はどんなトレーニングを行ったんですか?

ヘルミダー 水曜日はレースペースでの模擬レースの日だ。朝食の前に60分のZone3でのトレーニングを入れた。そして午後は他の選手を加えての模擬レーストレーニングを90分行った。途中には4回スプリントを設けて200mのスプリント。模擬レース後はリカバリーライド。
基本的には火曜日のようなトレーニングが多いが、日によって時間と内容が異なる。1時間30分を2部練習とする日もある。

難波ー 1日の残りの時間は回復に当てていると言う事ですか?

ヘルミダー そう取って貰って間違いない。厳しいトレーニングを積むにはリカバリーがより重要になってくる。良い食事、ストレッチ、マッサージ、良い睡眠。これらが揃う事で鍛錬を積む事が出来る。

現在のレースフォーマットで考えた時に連続3時間を超えるようなオーバートレーニングは無意味だ。体に負担を掛けるだけで能力の向上にはつながらない。私も年齢を重ねて来たので、体のリカバリー能力は年々下がって来ているが、ピークパフォーマンスを維持する為には厳しい練習を積まなければならない。だからこそ、自分の身体に合わせた最高のトレーニング方法がこのような内容になっているんだ。

難波ー 握力の時にも言っていたエフィシエントですね。

ヘルミダー そう。トレーニングもライディングもエフィシエントでないといけない。自転車レースは出力比べをやっているんじゃないんだ。

小笠原ー 人と人とのレースですからね。

ヘルミダー 大事なのは出力じゃない。限られた出力で如何にバイクを前に走らせるかが大事だ。出力を競っているんじゃなくて、誰が最初にゴールラインを通るのかを競っている。ニノ・シューター、ジュリアン・アブサロン、そしてクルハヴィ、私達は体つきも全然違えば持っている出力も全然違う。それでも同じレベルで争っている。大事なのはパワーじゃなくて速さだ。

さっきも言ったが出力を1%を向上させるのはもの凄く大変だ。でも、コーナリングスピードで1ペダリング稼ぐと、その1%は余裕で帳消しになる。

機材だってそう。最近僕が使っている新しいシューズは前のより100g軽いんだけど、1回ペダリングするたびに100g軽い、100gっていうとこのiPhoneと同じぐらいの重量。それを1レースで何回ペダルを回すのかな?1万回ぐらい?1時間半で1万回iPhoneを無駄に上げ下げしたら疲れちゃうよね。しかも両足だ。こうやって1%を稼ぐんだ。これが勝負所で活きて来る。もちろん精神力も重要だ。

難波ー 仰る通りです。

パワーの話に戻って恐縮なんですが、というヘルミダさんがどのくらいのアベレージでトレーニングしているのかが少々気になるのですが。

ヘルミダー 先週のデータを見てみよう。えーっと、木曜日の午後、ave 243Wと書いてあるね。

難波ー あれ?意外や仰天する程の数字じゃないですね。

ヘルミダー アベレージのワット数って良く聞かれるけど、実は何の意味もない。なんでかって、乗り始めてウォーミングアップの時間も入っていれば、下りで足を止めている時間、リカバリーライドの時間、全部平均して243Wだ。だから意味がない。

難波ー 具体的なトレーニング中の数字がちょっと気になります。

ヘルミダー えーっと、(iPhoneのページをめくってトレーニングデータを見る)こう書いてあるね。

10min 500W
5min 600W
1min 620W
5min 400W

難波ー すいませんでした。。。

小笠原ー としか言いようがない。。。ちなみに体重辺りのFTP値は?

ヘルミダー ちょっと前に測ったよ。いくつだっけ?6.8….(と言ってiPhoneのデータを探す。)

あったあった。(電卓を弾いて)6.818。

小笠原ー 。。。。。。

難波ー 世界チャンピオンのFTP値、6.818W/kg。

ヘルミダー 問題はパワーじゃない。効率だ。

小笠原ー アマチュアの選手、若い選手にもアドバイスを頂きたいのですが、これからクロスカントリーレースで強くなろうとする人達にもLSDは必要ないのでしょうか?ヘルミダ選手のトレーニング方法が参考になるのでしょうか?

ヘルミダー LSDはどう考えても要らない。若い選手やアマチュアレースだと、UCI XCOより競技時間も短いだろうし、身体も強くない。だから、例えば私が行っている高強度のトレーニングを半分の時間にして行って、リカバリーを長めに取るとかそういう工夫が必要だ。実際に私が10代のレーサーに指導する時は、そう言ったトレーニングを行わせている。

小笠原ー なるほど。ありがとうございます。

難波ー 効率の話と言えば、バイクの話も少々聞かせてください。長らくMULTIVAN MERIDAの所属レーサーとして活躍していますが、今年になって27.5のBIG.SEVENも出て来たり、29erのフルサスもあったりする中で、BIG.NINEを愛用していますね。そのワケは?

ヘルミダー 効率が良いからだ。今の私の乗り方だと、BIG.NINEが一番速い。

小笠原ー ニノ・シューターは比較的早い段階からSCOTTの27.5インチを使っていますが、それについては?

ヘルミダー あれはインチキだ。笑

難波ー え???

ヘルミダー ニノはチューブラータイヤを使ってるだろ。52mm径のブロックの。外径を計算した事ある?チューブラーを履いた650Bはハイトが高くなる。だから、実際は27.5インチじゃないんだ。ニノが乗っているのは28インチとも言える。

小笠原ー なるほど。。

ヘルミダー 650Bで始めて優勝って言うけど実は28インチなのさ。ウチのチームでは、自分が乗って一番速いバイクに乗れば良いという考え方だ。だからBIG.NINEに昨シーズンは乗った。

難波ー トレイルでのハンドリングを競っている訳ではなくて、速さを競っているのですものね。

ヘルミダー また、どんなに速くて軽くても、バイクが壊れてしまっては意味がない。MERIDAのバイクはサーキット上で最軽量ではないけれど、バイクの信頼性は非常に高い。そして十分に軽く、もちろん速い。その辺りのバランスが良く出来てると思うね。

機材と言えば、グリップシフトなんかはその典型だ。私はブレーキングは常にワンフィンガーで行っている。それは暴れるバイクを抑える為に無駄に腕力を使わないためだが、トリガー式のレバーだとシフトチェンジの度に指を動かさなければならない。ブレーキの度、シフトチェンジの度。これがレースの後半では大きなストレスとなって来て、細々タイムを奪われるだけでなく最終的にミスにつながる。
グリップシフトなら、常にブレーキに指を置いたままシフト出来るのであらゆる条件で、より楽で、より速い。シフトスピードが速い遅いじゃなくて、バイクが速く走るどうか。それだけが重要だ。

コーナリングでの少しのミス、それがレースを分ける。今のワールドカップっていうのは些細なミスも許してくれない程にハイスピードな展開だからね。ミスしない効率の良い走り。それが勝利への鍵だ。

テクニックの向上も、出力の向上も、まず基本のセオリーがあって、それを競技の時間的な特性や、自分の生まれ持った身体能力や特徴に合わせてどう噛み砕いて、自分なりに一番効率の良い方法を発見するかが大事。レースは、その準備から体力じゃなくて頭脳で勝負するものなんだ。だから、僕のトレーニング方法が日本のレーサーに完璧にマッチするとはまったく思っていない。でも参考にはなると思う。日本のレーサーには、まず自分なりの効率を考えて練習して、頑張ってほしいね。

難波ー 長い時間、インタビューに答えて頂いてありがとうございました。来シーズンの世界制覇を日本のファンを代表して期待しております。

小笠原ー 同じく、期待しております。

ヘルミダー ありがとう。今日のインタビューはトップシークレットを多く公表し過ぎたけど、これで世界で戦う未来の日本の選手が出て来るきっかけになると嬉しい。2020東京オリンピックに向けて、日本の選手の向上を期待しているよ。
 
 

talk:José Antonio Hermida Ramos, Kenji Nanba, Takahiro Ogasawara
photo:Kenji Nanba, Multivan Merida Biking Team
date:13.11.29